胸の痛いニュース

 

ここのところ大きな交通事故のニュースが立て続いていて胸が軋む。

特に息子と同じくらいの子供が亡くなるというニュースは想像しただけで絶望的になる。

老人から免許をはく奪しろとか上級国民は偏った取り扱いだとか、もちろんそういう議論がなされていくのは当然だが、実際には明日は我が身かもしれないということのほうが至極身近にあって、もし自分が当人になった時に世界の事まで気が回るだろうかと考えると多分無理な気がする。

 

徐々に弱っていく病気とかとは違って準備もできないし、故意的な犯罪でもなければ誰を恨むこともできないだろうし、ただただ色彩を失ったモノクロの世界の中で泣き続けることくらいしか想定できない。

タイムリーでこのことが取り沙汰されているが、実際世界中で何人もの人が事故などで理不尽な死を迎えているわけで、その中で自分に何が出来るかと言われたら、事故を起こさないように個人レベルで気をつけることと、愛する人がいついなくなっても後悔しないよに、一瞬一瞬全力で愛するしかないと思っている。

 

当然人は失うことを前提に物事を考えないし、慣性を纏った日常の中に、生きているという奇跡を忘れていくものだ。

失うことは教訓であり試練であり、そして何かの始まりだったりする。

 

明日が来ることは絶対ではないのだ。

 

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